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【井出野屋旅館】 「犬神家の一族」金田一耕助が滞在した宿に泊まってきた (@長野県佐久市)

横溝正史作品を体現したかのような宿に泊まった記録です。

【訪問日:2020年10月3日】

あの宿に泊まれるって本当ですか?

今回は前回から引き続いての「鄙びた系」な宿の宿泊回です。

長野県佐久市の望月宿は、旧中山道に位置する宿場町として江戸時代に栄えていたことで知られています。戦前までは花柳界の町としても大変に繁盛したそうで、今となっては古い建物も少なくなりましたが、その町並みの中に一際目を引く宿がありました。

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井出野屋旅館。この木造三階建ての古風な宿が今回の舞台となります。

いきなりネタバレをすると、この井出野屋旅館は映画「犬神家の一族(1976年)」で、金田一耕助が滞在する宿として登場しました。ちなみに劇中での名称は「那須ホテル」。

井出野屋旅館TOP

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まずは入り口から。

戸は木の引き戸になっていて、入る前からいきなりノスタルジックな空気が漂っている。柱のところに書いてある「電話十六番」は電話の設置が一般的でなかった頃の表記で、現在の井出野屋旅館の電話番号下2桁の「16」に引き継がれているようです。

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こんにちはー…(ガラガラ)

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次に玄関です。

旅館ならではの広い土間が広がっており、真正面に宿のご主人の部屋が、廊下の先には二階へ続く階段があります。この玄関の広さは個人的にかなり好きで、屋外から屋内に入ったにも関わらず閉塞感を全く感じさせない開放感がありますね。

ここでご主人(劇中では横溝正史本人)が登場し、色々と手続きを済ませました。

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玄関を入って右手にはロビーがあり、金田一耕助が宿帳に記入している間に坂口良子がスリッパを出した下駄箱も劇中の風景そのまま。下駄箱にはそれぞれ漢数字が振られているのも面白い。映画と同じく「十」番を開けてみたところ、子供用のスリッパが入っていました。

ではでは、早速ですがお部屋に案内してもらいましょう。

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館内の構造は至ってシンプル。旅館の中央に廊下が走っており、その左右が客室になっています。

重厚感溢れるほどに黒光りした廊下を挟んで、白い障子戸が連なっている様子はまさに圧巻の一言。ただ廊下を歩いているだけなのに、隅から隅まで心躍るような雰囲気の良さが光ります。

柱は1階から3階までぶち抜きで通っていて、建物としての一体感もすごい。

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原作者の横溝正史、金田一耕助役の石坂浩二、女中はる役の坂口良子の色紙

各部屋の上部には宿泊された著名人のサインが無数に並べられており、廊下の雰囲気と相まって、非常にゆっくりとした時間の流れを感じました。サイン群の一角には「犬神家の一族」関連者の色紙ももあって、ここがロケ地であることを如実に物語っています。

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今回は電話で宿泊予約をしたのですが、いざ部屋に案内してもらった途端に驚くばかりでした。

なんと金田一耕助が泊まった部屋と同じ部屋だったんですよ。劇中では確か2階の道路側の角部屋だった気がするけど、話によると撮影はセットを使って行われたそうなので、実際にここで部屋の撮影をしたわけではないらしい。

しかし、意図せずに"その"部屋に泊まれるなんて初っ端から運が良すぎる。

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部屋は二間続きの純和室で、片方の部屋にはすでにお布団が敷いてありました。

これは毎回思ってるんですけど、くつろぐ部屋と寝る部屋が完全に別になっているのがやはりいいですね。前回の記事でも書きましたが、「一人で二部屋使える」というのが重要で、それ以外のことが全く気にならないくらい滞在中の精神的余裕がマッハになります。

館内を散策してみる

部屋に荷物を置いてしばし放心する。

ここで内線がかかってきて、「今だったらお風呂空いてるので先にどうぞ」と言われたので、浴衣片手にお風呂にいそいそと向かい、熱めの湯に浸かってまったりしてました。その後はご主人の暇を見つけてこの宿の歴史等について訪ねてみたところ、以下のような回答を得ることができました。

  • この宿は築95年
  • 当初は料亭として始まり(部屋に押入れがないのはそのため)、その後は一旦休業してから旅館になった。
  • 昔はこの辺りも賑わっていたが、戦争で男子を軒並み連れて行かれてからは次第に廃れていった。
  • 最近は「犬神家の一族」目的の若い宿泊者も多い。

とのこと。

築95年!というと創業は大正時代で、その時代の建物が今日でもほとんど姿を変えずに残っているのは奇跡に近いです。と思うと同時に、やっぱりこういう古い旅館って、ただ泊まって雰囲気を味わう以外にも、歴史や成り立ちなどを把握して思いを馳せたりするのが個人的に好きです。

最盛期の宿の様子とか、その後の盛衰や移り変わりとか。そういうものを加味しながら、当時の宿泊者と同じような体験を自分もしている、という事実に酔いしれるのが案外楽しい。一人で泊まるとなおさら世界観に没頭できるので、もうこれは止められません。

で、これからは館内をちょっと散策してみることにします。

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1階から2階へ繋がる階段はご覧のように二手に分かれていて、これは予想ですが、料亭として使用されていた当時に客と料理を運ぶ人の動線を分けるためだった…とか考えてみたり。

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2階から3階への階段は一つしかないものの、よくよく見てみると3階の床板部分に穴が空いていたような形跡がありました。往時はこちらにも階段が二箇所あったかもしれません。

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劇中で古舘弁護士の助手・若林が毒殺された1階の手洗い場

劇中で煙草に仕込まれた青酸カリによって人が殺された場所もマジでそのままじゃねえか…などと感動しつつ、自室に戻ったり廊下を意味もなく歩いたりしてました。

というか。

「犬神家の一族」で登場した宿という点を抜きにしても、こういう風に静かで落ち着いた宿に泊まれるという意味では最高のところだと思いました。部屋にエアコンはないし、戸は全て障子戸なので当然ながら鍵もない。あくまで料亭だった頃の構造をそのまま残しつつ、旅館としての側面もある宿ってなかなかお目にかかれないと思います。

今回ここに泊まることができて本当に嬉しい…!

夕食

夕食は1階、玄関を入って廊下の右手側の部屋でいただきました。

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こいついっつも日本酒飲んでんな

川魚の塩焼きや馬刺し、野菜の天ぷらや鯉の煮付け(甘煮?)などなど。

食事は基本的に、佐久市の地物を最大限に活かした上品なものばかり。宿場町の宿ということもあって、まるで当時にタイムスリップしたかのような気分で楽しむことができました。

素材の旨さを特に感じつつ白米と一緒にいただきながら、たまに日本酒を飲む。やはり旅館での夕食のひとときは何物にも代えがたい良さがある。

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部屋に戻ってからは、お茶を飲みつつ持参した推理小説を読みながら眠くなるのを待ちました。

すでにお察しの方も多いと思うけど、廊下と部屋を隔てているのはガラス入りの障子戸のみです。防音に配慮した設備など一切ないという点が古い旅館の醍醐味でもありますが、廊下を挟んだ隣の部屋で何をしているかなんて全て把握できるくらい音の通りがいいので、備え付けのテレビを見るのも憚れるようでした。なので、音については宿泊者同士で最大限に注意する必要があります。気になる人は就寝の際にも耳栓を使うなどしたほうが良さげ(自分はいつも持ってきています)。

自分の場合は本を読むのが好きなので、荷物の中に一冊忍ばせておいた文庫本が夜のお供になりました。隣の方は早々に床についたらしく、聞こえてくる音といえば自分がお茶を注ぐ音と、本のページをめくる音だけ。

夜の静寂に身を委ね、しんみりと過ごす秋の夜。いや、旅館での過ごし方としては満点じゃないですか。

翌日

翌朝は自然に目が覚めました。

場所が場所なだけに、起きたら犯人(何のだよ)が目の前に立っていたりしないかとか不安でいっぱいでしたがそんなこともなく。

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これまた美味すぎて速攻で白米をおかわりしてしまう朝食をもぐもぐしながら、この宿で過ごした時間があっという間に過ぎ去っていたことに気づく。楽しい時間ほど早く過ぎるとはよく言うもので、あれだけ居心地がいい宿に泊まった時間がほんの一瞬のように感じられた。

またここに泊まりたい。心からそう思えるくらいに素敵なところだった。

その心を見透かしたかのように、宿を去る直前に「この辺りは冬になるとマイナス10℃とか普通だから、寒さを味わいにまたおいでよ!」なんてご主人に言われたりもしました。この宿もまたリピーターが多いようで、その理由は言わずもがな。雰囲気もいいしご主人の人柄も良い。これはまた再訪する必要があるようです。

楽しかった!

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